会うは別れの始まり

新年がやってきた瞬間は、ユナイテッドの機上。
日本人でさえ窮屈でたまらない座席に、身体をねじ込むように座っている
大柄な外国人が大多数。そのせいか(?)性能が悪いのか速度が出せず、
8時間もかかる長~い道のり。
9月にオープンしたバンコクのスワンナプーム空港到着は、1月1日の深夜2時!
この日は、生涯忘れることのできない日となった・・・。

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 Photo by (c)Tomo.Yun 
 http://www.yunphoto.net


2006年は、あわたださに加えいろいろなことがあった・・・
非日常に浸り気分転換するため、往復時間を除くと正味3日間だけだが
夏から予約していた格安航空券でタイへ!

年末には大掃除も済まし、2年前から脳溢血で倒れ入院中の親父を見舞う
酸素マスクはしていたが、やせこけた腕をさすると顔をこちらに向ける、反応は良い・・・

何か心残り があり、国際電話対応の携帯をレンタルして旅立ったが
元旦の夜、タイ時間20時半、滞在していたアパートメントへ日本から電話が入り
バンコクでの爆破テロ事件と一緒に親父の死を知った

                 *

お通夜には、なんとか生まれ育った故郷へ帰ることができ
次の日の告別式は、すごく天気の良い日だった
宝永山の下あたりまで雪化粧をした富士山は珍しく
明るい日差しと澄んだ冷気が、綺麗にくっきりとその姿を映し出していた

                 *

会うは別れの始まりと申しまして・・・」納骨の前、お寺でお坊さんの説法が始まった

孝行息子のつもりでいたが、よくよく思い出してみたら大間違いだったことに気がつく!
兄弟のなかでは一番出来が悪く手間もかかっただろう?
その割りには、何もしてあげることができなかった・・・

後悔と自己嫌悪の日々が今も続いている

高校時代から、家族よりもU人達と一緒に過ごす時間が多く
いろいろ注意されるのが嫌で、親父とはあまり接触を持たなくなった

家が溜まり場になったり、酔っ払ったU人が隣家に文句を言ったり
夜遅くの帰宅など、親父にもだいぶ迷惑をかけた

その後、実家から離れ遙か120kmの地に生活の拠点を置いたのも
そんな気まずさからだったのかもしれない
ボンクレに帰省しても、一言二言交わしたあとは、すぐU人のところへ泊まりにいっていた

コレではいけないと気づいたのは、20代も終わりの頃
帰省した際は、なるべく話しかけ家にいる時間を作るよう努めた

ボンクレに帰るが、覆水盆に返らず

そんな関係がずっと続いていたので、こちらから話しかけても素っ気無い
実家に帰っても二人の時は話もせず、TVを見てすごすギコチナイ空間がそこにあった

それでも徐々に気まずさが修復されてきたのか、結婚する時には
式当日に実家を発っても間に合うのに
前夜、初めて120km離れた地まで、一人で泊まりに来てくれた

隙間風が吹き込む寒い賃貸住宅に、わざわざ来てくれ
晩飯を食べに出かけたのでもなく、酒を飲みかわしたわけもなかったが
今考えると非常にありがたく、大変うれしく思う

小さい頃は、子供達の頭をバリカンとハサミできれいに散髪し

セーターも手編みや機械編みで作ってくれた

一緒にボーイスカウトの活動をし、キャンプへもよく行った

中学のとき亡くなったお袋の変わりに、仕事をしながら家族の食事や弁当を作ってくれた

バイクの無免許運転を懲りずに2回、保護者として家庭裁判所へ行ってくれたことも・・・


一時、三木元首相にそっくりだった親父

手先が器用でアイデアマン、温厚な性格

感情的になったり、激怒したところを見たことがない

告別式にきてくれた親戚や近所の人

元お弟子さん達からもそんな話が聞けた


そして努力家で、ちょっと目立ちたがり屋

小さいながらも一つの工場をまかされ

晩年は、民謡や三味線を習い、会を立ち上げたり

資格をとって教えるほどにまでなった

ひょうひょうとしていて、威張ることなく、いつも笑顔の印象がある

あらためて自分なりに親父の立派さを感じた

ただ倒れる前の数年は、ボケもでて我がままになり、怒ることもよくあったようだ・・・
(兄貴夫婦、特にずっと面倒を見てきた姉さんには頭が下がる)


スポーツなどはやっていなかったが、昔から姿勢はよく

80歳を過ぎても 背筋がシャンと伸びている 人だった

自分は何事も中途半端で・・・情けなくなる

せめて、、、これだけはマネしようと思う


                *


会うは別れの始まり」・・・出会った人とは、必ずいつかは別れる

恋人とデートで待ち合わせ、ハッピーな気分に、でも家に帰る時間はやってくる
おばあさんが孫に会いに行き、楽しいときを過ごす
顔を会わせた瞬間から、別れの時が来るのは決まっている

親子や兄弟・姉妹、親戚や友人・知人、恋人や夫婦
自分との縁で、ある時期同じ時間を過ごした人達との間に訪れる「別れ」

時間の長い・短い、回数の少ない・多いはあるが
その時その時を、納得のいくよう大事に過ごしたいもの

時間の大切さをひしひしと感じている、今日この頃です
















この記事へのコメント

ミモザ
2007年01月21日 14:56
ブログを長い事、休まれていたので何かあったのかしら?
と気になっていました。
実は私も昨年、母を亡くしています。
後悔と自己嫌悪、同じ気持ちでいます。
読んでいて涙が溢れてきました。
(会うは別れの始まり)毎日を充実して過ごせたらいいな~
と思っています。
お疲れ様でした
タジキス
2007年01月23日 09:05
おはようございます
ミモザさんも同じような事があったのですね
心中お察しします。
記録したら、だいぶ気持ちの整理がつきました。
三寒四温で春が訪れるように
バイオリズムもあげていきたいものです。
2007年01月27日 18:16
今年になって何度がこちらにきていたんですけど、更新がストップされてて気にしていました。大変でしたね。
わたしは、高校の時に母を亡くした時に、なんでもう少しお手伝いができなかったのか!と後悔しました。その後今まで会話があまりなかった父と話すようになったんです。現在は同じ東京ですが離れて暮らしているので電話や2ヵ月に1度くらいは帰るようにしています。
お父様も色々話したかったんでしょうね、結婚式の前日に泊まりにきたお父様の気持ちを思うとジーンときてしまいました。

会うのは別れの始まり 淋しいですけど確かにその通りですものね。
私も1日を大切にしていきたいと思いました。

タジキス
2007年01月28日 10:28
おはようございます。ありがとございます!
そうでしたか・・・miyuさんは、後悔して気づき
行動に移せたんですね。
お母さんの分まで、お父さんを家族を、そして自分も
大切にして下さい。

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